漢語中觀宗(三論宗)傳承系譜

漢語中觀宗(三論宗)傳承系譜 - 漢語中観宗(三論宗)伝承系譜

漢語中観宗(三論宗)伝承系譜


はじめに:

窺基(きき)大師が『大乗法苑義林章』で述べている「宗」の意義は以下の通りです。「そもそも宗を論じるとは、崇(あがめる)、尊(とうとぶ)、主(中心とする)の意義である。聖教において崇められ、尊ばれ、中心とされるものを名付けて宗とするからである。外道と内道(仏教)、小乗と大乗において、崇め、尊び、中心とする法は各々異なっており、これを宗の別と説くのである。」一方、漢語(中国語)で言う「宗」の意味は、大抵の場合「根本の意義」や「主旨」を指し、「祖廟」や「祖先」、あるいは「派別」などの意味もありますが、宗の根本はやはり「崇敬し、尊敬する主旨」を聖教を学ぶ依り所とすることにあります。

龍樹(りゅうじゅ/ナーガールジュナ)は提婆(だいば/アーリヤデーヴァ)に伝え、提婆は羅睺羅(らごら/ラーフラ)と龍智(りゅうち/ナーガボーディ)に伝えました。羅睺羅は青目(しょうもく/ピンガラ)に伝え、龍智は堅慧(けんえ/サーラマティ)に伝えました。青目は清弁(しょうべん/バーヴィヴェーカ)と須利耶蘇摩(しゅりやそま/スーリヤソーマ)に伝え、清弁は智光(ちこう/ジュニャーナプラバ)に伝え、須利耶蘇摩は鳩摩羅什(くまらじゅう/クマーラジーヴァ)に伝えました。また、日本の僧である凝然(ぎょうねん)はこう述べています。「龍樹は龍智菩薩および提婆菩薩に授け、この二大論師は肩を並べて教化を施した。龍智は清弁菩薩に授け、清弁は智光論師に授け、智光は師子光菩薩に授けた。」

鳩摩羅什は、道生(どうしょう)、僧肇(そうじょう)、道融(どうゆう)、僧叡(そうえい)、曇影(どんよう)、慧厳(えごん)、慧観(えかん)、僧導(そうどう)、道常(どうじょう)、道標(どうひょう)の十哲に伝えました。

道生、僧肇、道融、僧叡は「関中四聖(かんちゅうのしせい)」とも呼ばれます。

僧叡と僧肇は共に「三論宗二祖」と称されます。僧肇は羅什公から「秦(しん)の人の中で空を解すること第一の者」と評されました。また肇公(僧肇)は、罽賓(けいひん/カシミール)出身の仏陀耶舎(ぶっだやしゃ/ブッダヤシャス)の訳場において『長阿含経』などを聴聞し、羅什公もまたかつて仏陀耶舎三蔵のもとで教えを受けたことがありました。仏陀耶舎は「大毘婆沙(だいびばしゃ)」とも称されました。

僧肇はこれを河西の道朗(どうろう)に伝え、道朗は摂山の僧詮(そうせん)に伝え、僧詮は興皇の法朗(ほうろう)に伝え、法朗は吉蔵(きつぞう)に伝えました。吉蔵は慧朗(えろう)、高麗僧の慧灌(えかん)、智凱(ちがい)、碩法師(せきほっし)に伝えました。しかし、日本の三論宗の説によれば、道生が曇済(どんさい)に伝え、曇済が河西の道朗に伝えたとされています。

高麗の僧である慧灌は福亮(ふくりょう)に伝え、福亮は智蔵(ちぞう)に伝え、智蔵は日本の智光(ちこう/元興寺)、日本の礼光(らいこう/元興寺)、日本の道慈(どうじ/大安寺)に伝えました。日本の智光(元興寺)と日本の礼光(元興寺)は霊叡(りょうえい)に伝えました。碩法師は元康(げんこう)に伝え、元康は日本の道慈(大安寺)に伝えました。道慈はまた善無畏三蔵(ぜんむいさんぞう)のもとで唐密(唐代の密教)を授かり、道慈は後に善議(ぜんぎ)に伝えました。その後、安澄(あんちょう)が『中論疏記』を著し、中観を大いに顕揚しました。日本の僧である快慶(かいけい)もまた『中観論二十七品別釈』を作り、その序文で羅什公の弟子である曇影の『中論序』を引用しています。

また、日本の僧である凝然師はこう述べています。「慧灌は福亮僧正に授け、福亮は智蔵僧正に授け、智蔵は道慈律師と礼光法師の二人に並び授けた。道慈は善議大徳に授け、善議は勤操(ごんそう)僧正に授け、勤操は安澄大徳に授けた。このように相承して今に至るまで絶えていない。」

羅什公について、『肇論疏(じょうろんしょ)』巻中にはさらにこう記されています。

「什法師(鳩摩羅什)は七歳で出家し、まず小乗の諸論を学び、十三歳に至って、参軍(さんぐん)の王子である須利耶蘇摩のもとで学業を受けた。</p>

蘇摩には兄弟の二人がおり、兄の名を須利耶跋陀(しゅりやばっだ)、弟の名を須利耶蘇摩と言った。

蘇摩は才能と弁舌が群を抜いており、兄や多くの人々が皆彼から学業を受けていた。

蘇摩が羅什のために『阿耨達経(あのくだつきょう)』を説いた際、羅什は五陰(ごおん)や十八界などの諸法が皆「空」であり「無相」であると聞き、怪しんで問うた。「この経には他にどのような意味があって、諸法をすべて破壊(否定)してしまうのか?」蘇摩は答えた。「眼などの諸法は、真実には存在しないのである。」

羅什は(小乗の教えに基づき)感覚器官(根)が実在すると執着していたが、蘇摩は因縁によって成り立つものは実体がない(無実)という根拠に基づいて論じ、かくて大小乗を巡る議論と探求が、時を忘れて往復した。羅什はついに理の帰するところを知り、大乗方等(ほうどう)経典を専ら学び、義理の要旨を広く求め、『中論』、『百論』、『十二門論』などを受け、読誦した。ゆえに「若くして大方(大乗の道)を実践した」と言われるのである。」

以上が、漢語中観(中国の中観派)の伝承の略歴です。漢語仏教を学ぶ者は、自らを軽く見てはならず、また他人に対して慢心を起こしてもなりません。

また、金陵刻経処が光緒二十五年(1900年)に刊行した『三論玄義』の版本に付録されている「三論宗伝承系譜」は、『日本大蔵経』(1914年)の「三論宗伝承系譜」と相当(一致)しています。

中野達慧(1871~1934)は『卍大蔵経』および『卍続蔵経』、『日本大蔵経』の編纂刊行を務めましたが、それ以前に清国(中国)へ赴き各種の仏典を収集していました。おそらくその時に、金陵刻経処が刊行した『三論玄義』の版本に付随する「三論宗伝承系譜」を収集した可能性があると考えられます。


日本の珍海師の『三論玄疏文義要』からの引用:「口伝の血脈より。

文殊、馬鳴、龍樹、提婆、青目、青辨(清弁)、沙車、羅什、曇影、僧叡、道生、僧肇、道融、道恒、惠厳、惠観、(以上八宿は並び出づ。)道朗、僧詮、法明、嘉祥(吉蔵)、(以上四師は次第なり。)元康、玄湜、(以上は漢。)道慈律師、善議大徳、勤操僧正、願暁律師、尊師聖宝僧正、延敒僧都、観理権大僧都、澄心僧都、在慶律師、有慶大僧都、顕眞、永観律師、覚樹僧都、智蔵僧正流をこれ尋ぬべし、別に記す。」

漢語中観宗(三論宗)伝承系譜


(図一から図四は漢語中観宗(三論宗)伝承系譜)

さらに、漢語中観宗の吉蔵大師による世俗・勝義諦に関する論述について:

まず世諦(世俗諦)について明かすと八句がある:
第一、世俗諦の単仮(たんけ)から世俗諦の単中(たんちゅう)に入る。仮有(けう)は有と名付けず、すなわち是れ仮有から非有(ひう)に入ること。
第二、世俗諦の単中から世俗諦の単仮に出る。非有を仮に有と説くこと。
第三、世俗諦の複仮(ふくけ)から世俗諦の複中(ふくちゅう)に入る。仮有と仮不有が、非有非不有に入ること。
第四、世俗諦の複中から世俗諦の複仮に出る。非有非不有を仮に有・非有と説くこと。
第五、世俗諦の単仮から複中に入る。仮有から非有非不有に入ること。
第六、世俗諦の複中から単仮に出る。非有非不有を仮に仮有と説くこと。
第七、世俗諦の複仮から単中に入る。仮有と不有から非有に入ること。
第八、世俗諦の単中から複仮に出る。非有を仮に有・不有と説くこと。
 
第二に、真諦(勝義諦)について弁ずると八句がある:
第一、真諦の単仮から単中に入る。仮無(けむ)は無と名付けない。
第二、真諦の単中から単仮に出る。非無(ひむ)を仮に無と説くこと。
第三、真諦の複仮から複中に入る。仮無と仮不無が、非無非不無に入ること。
第四、真諦の複中から複仮に出る。非無非不無を仮に無・不無と説くこと。
第五、真諦の単仮から複中に入る。仮無・非無が、仮無・非不無に入ること。
第六、真諦の複中から単仮に出る。非無非不無を仮に無と説くこと。
第七、真諦の複仮から単中に入る。仮無と不無から非無に入ること。
第八、真諦の単中から複仮に出る。非無を仮に無・不無と説くこと。
 
これらを交絡させ、出入を明かすと十二句となる:
第一、世俗諦の単仮から真諦の単中に入る。仮有は無と名付けず、有を壊して非無に入ること。
第二、真諦の単中から世俗諦の単仮に出る。非無を仮に有と説くこと。
第三、真諦の単仮から世俗諦の単中に入る。仮無は有と名付けず、無を壊して非有に入ること。
第四、世俗諦の単中から真諦の単仮に出る。非有を仮に無と説くこと。
第五、世俗諦の複仮から真諦の複中に入る。仮有と仮不有が、非無非不無に入ること。
第六、真諦の複中から世俗諦の複仮に出る。非無非不無を仮に有・不有と説くこと。
第七、真諦の複仮から世俗諦の複中に入る。仮無と仮不無が、非有非不有に入ること。
第八、世俗諦の複中から真諦の複仮に出る。非有非不有を仮に無・不無と説くこと。
第九、真諦の単仮から世俗諦の複中に入る。仮無は有と名付けず、また不有とも名付けない。すなわち是れ非有非不有である。
第十、世俗諦の複中から真諦の単仮に出る。非有非不有を仮に名付けて無と説くこと。
第十一、世俗諦の単仮から真諦の複中に入る。仮有は無と名付けず、また非無とも名付けない。すなわち是れ非無非不無である。
第十二、真諦の複中から世俗諦の単仮に出る。非無非不無を仮に名付けて有と説くこと。
 
因明(論理学)の論議における勝負の説について:
問:他者の論(他論)が申(の)べること(自説の主張)ができないだけでなく、破すること(他説の論破)も成り立たず、今の論(自論)が破することも申べることも具わっているとする。もしそうであれば、他論を負けとし、今の論が勝ちに居座ることになる。しかしそれでは、勝負の心が生じ、是非(正しい・間違っている)の見解が起こり、これすなわち断見(虚無主義)や常見(永遠主義)に屈し滞ることであろう。どうして正道(正しい道)を申べることができるだろうか?
答:もし勝ちがあり、負けがあるならば、それはすなわち屈することを受けるのである。ただ勝ちが無く、負けが無いがゆえに、申べることができるのである。
 
問:もし勝ちがあり、負けがあればこそ、破することがあり得る。すでに勝ちが無く、負けも無いと言うのなら、あなたは一体何を破するというのか?
答:実にその通りである。勝ちがあり、負けがあると執着すればこそ、破することがあると見るのである。今、勝ちが無く、負けも無いため、私は実に破する所は無いのである。
 
問:もし勝ちがあり、負けがあればこそ、申べると言うことができる。すでに勝ちも負けも無いのであれば、さらに何を申べるというのか?
答:もし勝ちがあり、負けがあれば、申べることでさらに屈することになる。ただ勝ちが無く、負けが無いがゆえに、屈する者が申べることを得るのであるが、実のところ得る所は無いのである。
 
問:何物を破し、どのように申べることが正(正しい)となるのか?
答えて云う:仏は機縁に赴いて真・俗の二教(二諦の教え)を説かれた。その意図は、中実の道(中道の真実)を顕すためである。
 
しかし、機縁にある者(衆生)は二教に迷い、中実を悟らず、断・常の病を成してしまった。今、機縁の邪執(誤った執着)を破し、仏の正教を申べるのである。
師が云うには:その意義が無いわけではないが、ただこのような解釈をするだけでは、まだ一家(自宗)の真意に近づいてはいない。
 
なぜそうなのか?
『中論』の初めの「八不(はっぷ)」は、生・滅・断・常・一・異・来・出を破し清浄にするためのものである。もし、邪を破することとは別に申べるべき二諦中道が存在するならば、それはどうして断・常を清浄にし、生・滅を除く(八不の)ことと言えるだろうか?