《日本世田谷豪德寺境觀抉擇分》 - 『日本世田谷豪徳寺境観抉択分(にほんせたがやごうとくじきょうかんけっちゃくぶん)』

 

台湾 王穆提(おう ぼくだい) 略書

器世間(きせけん)の変現と阿頼耶識(あらやしき)の相分観(ぞうぶんかん)

【序分:立宗と総標】

論じて申し上げます。大乗法相宗の教えによれば、ただ識のみが存在し、外なる境界(客観的対象)は存在いたしません。そもそも十方の無量の刹土(世界)は、すべて心王(しんおう)と心所(しんじょ)、そして見分(けんぶん:認識の主体)と相分(そうぶん:認識の客体)という二分が幻のように作り出したものでございます。今、東日本武蔵国の南、世田谷と呼ばれる地を観察いたしますと、そこにはそびえ立つ古刹があり、「豪徳寺」と名付けられております。世間の凡愚の人々は、その山門が高くそびえ、三重塔が立ち、本堂が荘厳であり、梵鐘が古雅であることを目にし、さらに招福猫殿に香煙がたなびくのを見て、実在する伽藍(寺院)であり、実在する土地であると固く信じ込んでおります。あるいは、これを井伊家の余威であると申し、あるいは世田谷の地霊であると称しております。しかしながら、『大乗密厳経』、『楞伽阿跋多羅宝経(りょうがあばたらほうきょう)』、および『解深密経(げじんみっきょう)』の究極の真理によりますと、これらはすべて無明という眼の翳り(かすみ)が見せる空の華(幻)にすぎず、無始の過去より阿頼耶識(蔵識)の海の中に蓄えられた共業(ぐうごう)の種子(しゅうじ)が変現した「器世間(物質世界)」の相分にほかならないのでございます。

今、この論を著すにあたり、世間の法則を捨てず、かつ第一義(究極の真理)にも違背いたしません。唯識の深遠なる機根をもって、豪徳寺のあらゆる事象を解剖し、凡夫や外道が空間、時間、歴史、文化に対していだく「実在する」という妄執を打ち破り、この地を訪れるご縁のある方々が皆、その境界において直ちに心を明らかにし、ただちに密厳法界(みつごんほっかい)に入ることができるよう導きたいと存じます。

【世田谷区と器世間の唯識変現】

問うて申し上げます。世田谷区は武蔵野台地に位置し、数十里にわたって広がり、百万の生類を乗せております。豪徳寺もまた広大な敷地を占め、殿宇は堅固であり、数百年の時を経ても朽ちることがございません。もし「唯だ識のみであり、外なる境界はない(唯識無境)」と申すのであれば、なぜこの堅固な大地と伽藍は、多くの人が共に見て、共に触れ、共にその地を踏むことができるのでしょうか。もし自らの心が変現したものにすぎないのであれば、なぜ千人もの人が同じ一つの豪徳寺を見て、千種類の異なる伽藍を見ないのでしょうか。

お答えいたします。これこそが、阿頼耶識の「共相の種子」と「不共相の種子」が交わり合って変現するという道理でございます。『解深密経・心意識相品』には、「阿陀那識(あだなしき)は甚だ深細にして、一切の種子は瀑流(ばくりゅう)の如し。我は凡愚において開演せず、彼らが分別して我と執することを恐れるが故なり」と説かれております。この阿頼耶識(阿陀那識)が、内には根身(有情の肉体)を保ち、外には受用境界(器世間)を現すのでございます。

世田谷の地形、さらには豪徳寺の建築も、衆生の心識から離れて独立した極微(物質の最小単位)によって成り立っているわけではございません。過去の無量劫(むりょうこう)の昔より、この国土にご縁を結んだ有情(生きとし生けるもの)の阿頼耶識の中に、皆この土地を変現する「共業の種子」が具わっているのでございます。

論には「共相の種子が器世間を変現する」と説かれております。日本の関東の衆生、さらには十方から豪徳寺を訪れる旅人たちの阿頼耶識の中にある共相の種子が同時に成熟(現行)し、互いに似通った大地、樹木、殿堂を変現するのでございます。ゆえに、千人が同時に豪徳寺に入ったとしても、各自の阿頼耶識が各自の「相分(見られる対象)」を変現しているのですが、業力(ごうりき)が同じであるため、見ているものが極めて相似しており、あたかも外側に客観的・共有の豪徳寺が実在しているかのように感じるのでございます。これこそが『楞伽阿跋多羅宝経』に「蔵識の海は常住なるも、境界の風に動かされて、種々の諸識の浪が、躍り上がりて転生す」と説かれる通りでございます。豪徳寺の種々の景観は、すべて衆生の共業の風が蔵識の海を吹き動かし、激しく波立たせた物質の幻浪(まぼろしの波)にほかなりません。

さらに申せば、共業による所感であるとはいえ、一人ひとりの見るものには、実に微妙な差異がございます。善根の深い方が豪徳寺に入られますと、そこを清閑で寂静なる浄土のようにお感じになります。一方で、心に煩悩を抱き、名利を貪り求める方が入られますと、ただ混雑した人ごみと財を求める猫の像ばかりが目につき、喧騒に満ちているとお感じになります。これは、各人の第八識(阿頼耶識)の中にある「不共相の種子(個人の別業)」が伴って現行する(働く)ため、同じ一つの豪徳寺にあっても、受け取る境界(世界)が異なるからでございます。このことから、各人ご自身の識の「見分(認識する心)」を離れては、決して真実不変で客観的・独立した豪徳寺の「相分(認識される対象)」は得られないことがお分かりいただけるかと存じます。

【豪徳寺伽藍の四大和合と依他起性(えたきしょう)】

問うて申し上げます。共業による所感であるとはいえ、豪徳寺の木材は山林から伐採され、白猫の磁器像は泥土を焼いて作られ、職人が斧を振るい、数ヶ月から数年の年月をかけて完成したものでございます。そこには明確な因と果があり、物理的な造作の過程がはっきりと存在します。それにもかかわらず、どうしてすべてが心識の変現であると言い切り、物理的な造作の功績を否定することができるのでしょうか。

お答えいたします。大乗法相宗は、世俗の因果の仮相(かりのすがた)を壊すことはいたしませんが、必ずその背後にある「依他起性(縁起によって他を拠り所として生じる性質)」を見極めます。『解深密経・一切法相品』には、「諸法の依他起相とは何か。謂わく、一切の法は縁より生ずる自性なり。すなわち此れ有るが故に彼れ有り、此れ生ずるが故に彼れ生ず。謂わく無明は行を縁とし、乃至(ないし)純大の苦蘊(くうん)を招集す」と説かれております。

豪徳寺の建立は、木、石、瓦、土(地水火風の四大)から離れることはできません。しかしながら、この四大もまた実在するものではございません。『大乗密厳経』には、「如来の清浄蔵、世間の阿頼耶、乃至一切の法は、皆な自心より現ず」と説かれております。四大の種子は、すべて阿頼耶識の中に蔵されております。職人の造作や木材の運搬といった物理的な過程は、唯識学において「増上縁(ぞうじょうえん)」と「等無間縁(とうむけんえん)」の連続した働きと見なされるのでございます。

詳しく申し上げますと、豪徳寺の完成には、四つの縁(四縁)が具わらなければなりません。 一に、因縁(種子が生じて現行となること)。衆生の阿頼耶識の中に、本来、伽藍を建造し、伽藍を見るという種子が存在しており、これが根本でございます。 二に、等無間縁(心と心所の連続)。井伊直孝公や歴代の住職、そして職人たちの心識が、前の念が滅しては後の念が生じ、途切れることなく連続し、寺を建てるという意図と行為を推し進めたことでございます。 三に、所縁縁(心識が対象を認識すること)。職人が木や石を所縁の境(対象)とし、直孝公が報恩を所縁の境とし、心識がその境界に託して生じたことでございます。 四に、増上縁(物事が互いに妨げない、または助けとなること)。木材の堅固さ、世田谷の平坦な地形、幕府時代の安定、資金の潤沢さ、さらには季節や気候に至るまで、すべてが増上縁として働いたのでございます。

これら四縁が和合することで、阿頼耶識は刹那刹那の間に、豪徳寺の初建、落成、修繕という連続した仮相(かりの姿)を変現したのでございます。凡夫はこれを察することができず、この四縁によって生じた刹那に生滅する連続した影像を、常住不変の「実在する豪徳寺」であると執着してしまいます。これこそが「依他起性(縁起)」から「遍計所執(へんげしょしゅう:誤った妄執)」に堕ちるということでございます。

『楞伽経』の比喩は極めて巧妙でございます。「譬えば陶家(陶工)が、一つの泥の集まりに対して、人工、水、木、輪、縄という方便(手段)を用いて、種々の器を作るが如し」とあります。豪徳寺の三重塔、本堂、招猫殿もみな、この陶器のようなものでございます。木、石、職人は、水、木、輪、縄のようなものであり、実質的にはすべてがただ一つの泥の集まり(阿頼耶識が変現した四大の相分)にすぎません。泥の集まり自体には本来「塔」としての自性(実体)も、「殿(お堂)」としての自性もございません。すべては世間の人々がその功用や形状に応じて、仮に名づけ(名言を仮立し)たものにすぎないのでございます。

【空間の広狭と微塵無自性観(みじんむじしょうかん)】

問うて申し上げます。豪徳寺は数万坪の敷地を持ち、境内は広大で、山門から本堂まで歩くのに数十歩を要します。もしすべてが唯識の所現(心が現したもの)であるならば、心識には本来、形や広さ(形段広狭)がないはずですが、どうしてこのような広大な空間を現すことができるのでしょうか。

お答えいたします。空間とは、唯識学において「方(方角、空間)」と名付けられ、二十四種の「心不相応行法(しんふそうおうぎょうほう)」の一つとされております。「心不相応行法」とは、実在する色法(物質)でもなく、実在する心法でもなく、色法と心法の分位(状態や関係性)に基づいて仮に立てられた概念にすぎません。

『密厳経』には、「微塵に至るまで分析し、覚(実体)を求むるも所有(あらゆるもの)無し」と説かれております。大乗仏教の「微塵を破る観(破微塵観)」を用いて、豪徳寺の広大な空間を観察してみましょう。 凡夫は、豪徳寺の広大な敷地が無数の真実の微細な粒子(極微)の積み重ねによって成り立っていると考えます。しかし、唯識の正しい道理はこれを破折(論破)いたします。もし微塵に実体があるならば、必ず上下四方という六つの面が存在するはずです。もし六つの面があるならば、さらに分割できることになります。さらに分割できるのであれば、それはもはや最小の実体ではございません。逆に、もし微塵に六つの面がないのであれば、それらを積み重ねて広大な豪徳寺を形成することは不可能です。したがって、豪徳寺を構成する「極微(最小単位)」には本来実体などなく、ただ心識の影像にすぎないことがお分かりいただけるでしょう。

微塵に実体がない以上、微塵が積み重なってできた「広大な空間」も当然ながら虚妄(実体のないもの)でございます。『成唯識論』には、「此れに由りて応(まさ)に知るべし。定んで実の色は無く、唯だ識心のみ有りて、色に似(に)て、空に似て、方に似て変現す」と説かれております。豪徳寺の「大きさ」は、外なる空間の絶対的な大きさではなく、観察者の「眼識」と「意識」が相応して働く際に、阿頼耶識が変現した一つの「広大な相分(影像)」にすぎないのでございます。

譬えるなら、夢の中で世田谷の荒野を歩き回り、壮大な大寺院を訪れ、遠く長い道のりを経て、極めて広大な殿宇(お堂)を見たといたしましょう。しかし、目覚めた後に考えてみれば、夢の中の広大な空間は、実際には自分が横たわっているわずかな広さの寝床から一歩も出てはおりません。夢の中の豪徳寺が夢を見る心から離れていないように、覚醒時の豪徳寺もまた、覚醒している心(阿頼耶識)から離れてはいないのでございます。夢の境界と覚醒の境界には、粗い・細かいの区別や、長い・短いの違いはございますが、その「唯識の所変(識によって変現されたもの)」という本質においては、いささかの違いもございません。

それゆえ、豪徳寺を遊歴する者が青石の板の上を一歩一歩踏みしめるとき、その一歩一歩はすべて自分自身の心の見分と相分の上を踏みしめているのだと知るべきでございます。一つの塵、一つの石として、法界(真理の世界)の心から外れ得るものはございません。「心の外に法(対象)は無く、法の外に心は無い」――これこそが、世田谷豪徳寺の器世間に対する唯識の観法でございます。


井伊雷雨(いいらいう)の縁起と種子現行因果観(しゅうじげんぎょういんがかん)

【外道の自然論と神我降雷の妄執を破す】

論じて申し上げます。前巻にて、世田谷の大地と豪徳寺の伽藍は、みな阿頼耶識の相分が現した器世間であることを明らかにいたしました。今ここからは、豪徳寺中興の縁起、すなわち彦根藩主・井伊直孝公が雷雨を避け、白猫に出会ったという歴史的な奇縁について抉択(けっちゃく:真偽を明らかにすること)してまいります。

問うて申し上げます。世の人々は皆、このように言い伝えております。江戸の初期、井伊直孝公が世田谷で鷹狩りをした際、空はにわかに掻き曇り、驟雨(しゅうう)と雷電が交錯いたしました。直孝公はもともと木の下で雨宿りをしておりましたが、ふと荒れ果てた伽藍(当時は弘徳院と称しておりました)の門前に、白猫が右前足を挙げて手招きしているのを見ました。直孝公はこれを不思議に思い、寺の中へと進み入りました。すると間もなく、激しい落雷が先ほど雨宿りしていた木を直撃し、直孝公はそのおかげで難を逃れたのでございます。この雷雨の発生は、大自然の気象という天の道であるか、あるいは龍神の怒りによる天罰でなければ、どうしてこれもまた「唯識の所変」と呼ぶことができるのでしょうか。

お答えいたします。これは世間の凡愚の人々が大乗の因果の法則を知らず、外なる世界が実在していると思い込む妄執の邪見でございます。『楞伽阿跋多羅宝経』において、仏陀は大慧菩薩(だいえぼさつ)に告げられました。「外道には種々の計着(けいじゃく:誤った執着)があり、あるいは『勝妙なる大自在天』が万物を生み出すと考え、あるいは『時節や自然』が万法を生み出すと考えている」と。もし雷雨を心識の外に独立した「自然」が生み出したものと執着するならば、外道の「無因論」や「自然論」に堕ちてしまいます。

法相宗の正しい道理に基づいて観察いたしますと、雷雨は決して外在する実在の猛烈な客観的実体ではなく、また無情の自然が作り出したものでもございません。この落雷と土砂降りの雨は、井伊直孝公と当時のこの地域に住む衆生の、その阿頼耶識の中にある「四大(地・水・火・風)の種子」が、縁に触れて同時に現行(発現)したものでございます。『大乗密厳経』には、「霹靂(へきれき)の火のごとし。水より生ずるとなすや、電より生ずるとなすや、雷より生ずるとなすや。此の従りて生ずる所を定めて知る能わず」と説かれております。この経文はまさに、雷雨などの事象には固定された自性(実体)がなく、実体としての発生場所もないことを明確に示しております。その本体はただ阿頼耶識の中の「相分(認識される対象)」にすぎません。直孝公の阿頼耶識が、この雷雨が交錯する境界を変現させ、その第六意識と同時に起きる眼識、耳識、身識がこの相分を縁(対象)とし、驚怖と庇護を求める「見分(認識する働き・受用境界)」を生じさせたのでございます。一滴の雨、一音の雷鳴たりとも、直孝公の識の網から外に出るものはございません。

【白猫の手招きと業感(ごうかん)の増上縁】

問うて申し上げます。雷雨が唯識の所現であるならば、あの白猫が手招きをして将軍を救ったというのも、実在する白猫ではないということでしょうか。畜生には智慧がないのに、どうして天機(天の意志)を知って人を救うことができたのでしょうか。

お答えいたします。実によい質問でございます。これこそが、「種子が縁に触れて現行となり、業(ごう)が縁起を感得する」という極めて微細で奥深い道理を示しているのでございます。 白猫自身は、その白猫自身の阿頼耶識と無明の業力(ごうりき)に引っ張られ、畜生道に堕ちて猫の肉体(根身)を変現したものでございます。しかし、なぜこの白猫が、ちょうどこの時、この場所で、まるで直孝公を手招きするかのように右前足を挙げたのでしょうか。これは決して、白猫に将軍が雷に撃たれることを予知する神通力があったわけでも、神仏が憑依したわけでもございません。これは「業力の網」の中における、因と縁が和合した究極の現れなのでございます。

『成唯識論』が建立する「四縁」の道理によれば次のようになります。 井伊直孝公の運命において、この雷で命を落とすはずではなかったこと、そしてその宿世(前世)において、必ず仏法や伽藍とご縁を結ぶ「善業の種子」を持っていたはずでございます。この善の種子が阿頼耶識の中で成熟し、「災難を逃れて生き延びる」ことと「仏寺を建立する」という現行(結果)を生じさせようとしておりました。これが因縁(いんねん)でございます。 直孝公の命の根が連続し、前の念が滅しては後の念が生じ、意識が途切れないこと、これが等無間縁(とうむけんえん)でございます。 直孝公の心識が、眼の前の光景を認識の対象としたこと、これが所縁縁(しょえんえん)でございます。 そして最も勝れているのが増上縁(ぞうじょうえん)でございます。白猫が前足を挙げた行為(毛づくろいの日常的な動作であったかもしれません)が、ちょうど直孝公の善業が現行(発現)するための「強力な増上縁」として働いたのでございます。直孝公の眼識(見分)が、白猫が手を挙げているという相分(客体)に触れ、第六意識が瞬時に「分別(判断)」と「勝解(確信)」を起こし、「猫が私を呼んでいる」と認定いたしました。こうして寺の中へと進み入り、最終的に雷撃を免れたのでございます。

『解深密経』には「一切の法は縁より生ずる自性なり。すなわち此れ有るが故に彼れ有り、此れ生ずるが故に彼れ生ず」と説かれております。直孝公の善業と猫の動静は、まるで蔵識の海の中で二つの波が交わるようなものでございます。猫が前足を挙げたことは、直孝公の生命の流れの中で、命を救う増上縁という役割を果たしました。また直孝公が寺に入ったことは、その後の弘徳院(豪徳寺)中興に向けた、巨大な増上縁という役割を果たしたのでございます。両者は互いに縁起の関係にあり、すべては心識の種子が現行した絶妙な采配なのでございます。世間の人々は無理に解釈し、「猫に霊性があって恩返しをしたのだ」と言いますが、これは「遍計所執(へんげしょしゅう)」による擬人化された妄想にすぎません。唯識の智慧を持つ者がこれを観察すれば、ただ「業の果が連続し、縁が会えばすなわち現れる」という清浄な理法(ことわり)あるのみでございます。

【種子と現行の熏生(くんしょう)と豪徳寺の中興】

論じて申し上げます。直孝公は猫のおかげで雨宿りでき、寺の和尚と言葉を交わして法喜(仏法の喜び)に満たされ、この地を井伊家の菩提寺と定め、巨額の資金を投じて大々的に土木工事を行い、名を「豪徳寺」と改めました。この歴史的な転換を、唯識学では「種子が縁に触れて現行を生じ、現行がまた種子を熏習(くんじゅう:心に植え付けること)する」という三法の展転(てんでん)と呼びます。

三法の展転とはどのようなものでしょうか。 第一に、能熏(のうくん:熏じ付ける側)。直孝公の第六意識と相応する善の心所(信、慚、愧、無貪、無瞋、無痴など)が、布施や護法という「現行(現実の行為)」を起こしました。 第二に、所熏(しょくん:熏じ付けられる側)。この善の現行が、その瞬間に直孝公の第八阿頼耶識の中に落ち入り、全く新しい「善業の種子」として熏習されました(現行が種子を熏じる)。 第三に、現起(げんき:再び現れること)。この強大な善業の種子が、人々の共業と結びつき、再び現行を生じさせ、壮大な豪徳寺の伽藍、広大な領地、そして盛んな香火(信仰)を変現させたのでございます(種子が再び現行を生む)。

『成唯識論』ではこの三法(本来ある種子、現行、新しく熏習された種子)を「灯心(芯)が炎を生じ、炎が灯心を焦がすように、同じ時、同じ場所にあり、互いに離れることはない」と譬え、また「秤(はかり)の両端が、一方が下がれば一方が上がるのと同時に等しい」と譬えております。井伊直孝公の一念の感謝の心(現行)が蔵識に熏じ込まれ、世田谷の地形をも変える巨大な力へと転換したのでございます。百万両の黄金の布施も、数千百の職人たちの彫刻も、すべては直孝公と衆生の心の中にある「善業の種子」が外の世界に現れ出たものでございます。 したがって、今日私たちが目にしている豪徳寺の一草一木、一磚(かわら)一瓦に至るまで、歴史上の無数の有情(井伊家、歴代の僧侶、信徒を含む)が、その身・口・意の三業の「現行」をもって「阿頼耶識」の中に熏習し、その後、ご縁に従って変現した「器世間の相分」であることがお分かりいただけるでしょう。この心識の熏習と流転から離れてしまえば、歴史はただの死に絶えた空無にすぎず、どうして豪徳寺の興亡の変遷が存在し得るでしょうか。

招福猫(まねきねこ)の文化と遍計所執相(へんげしょしゅうそう)の抉択分

【万千の白猫の依他起相(えたきそう)】

論じて申し上げます。今、豪徳寺に入りまして、最も人々の心を惹きつけるものといえば、招福殿の傍らに奉納された何千何万という白磁の猫像にほかなりません。世の人々はこれを「招き猫」あるいは「招福猫」と呼び、財を求め福を賜る神霊であると思い込んでおります。

まず、この何千何万という白磁の猫像の本体を観察いたしますと、すべては「依他起性(ご縁によって仮に成り立っている性質)」でございます。この白磁の猫は、水や土などの無情の微塵を材料とし、陶工の構想(意識)を経て、両手による捏塑(ねっそ:身体の業)、窯の火による焼結など、多くの縁が和合して、この事物としての連続した姿(相続)が存在するに至ったものでございます。多くのご縁によって生じたものである以上、そこには本来独立した「猫の本体」などなく、恒常不変の「実性」もございません。もしこれを槌で打てば、たちまち瓦礫に砕け散ります。これこそが白磁の猫像の「唯識の相分(客体としての影像)」であり、ただ影像にすぎず、幻や化作(けさ)のようなものでございます。

【招財賜福(財を招き福を賜る)の名と遍計所執相】

問うて申し上げます。ただ磁土が和合しただけの仮の姿であるならば、なぜ世の老若男女は皆、これに恭しく奉納し、財を招き宝を進め、福を賜り寿命を延ばすことができると信じているのでしょうか。

お答えいたします。これこそが、大乗唯識学が打ち破るべき核心――「遍計所執性(へんげしょしゅうしょう:誤った妄執)」でございます。世の人々は、無始よりこのかたの「名言の習気(言葉や概念に縛られる習慣)」と「我法二執(自我と事物が実在するという執着)」により、第六意識と第七末那識(まなしき)が共同して働き、本来自性のない「依他起(縁起)」の磁器像の上に、「福を賜ることができる」「神聖にして侵すべからず」という「実在する自性」を強引に付加(遍計:妄りに推し量ること)しているのでございます。

この「福を招く」という機能は、完全に衆生の意識による「妄想の投影」でございます。『大乗密厳経』には極めて絶妙な譬えがございます。「世間は妄りに分別し、牛などを見て角が有るとし、角が非有であることを了知せずして、因って兎の角は無いと言うが如し」。衆生は妄念が飛び交うままに、猫が手を挙げているのを見て、直ちに「財富を招き寄せる」と連想いたします。これこそが、相(実体)の無いところに妄りに相が有ると計(はか)り、無常の中に妄りに恒常を計ることにほかなりません。

【真と妄の抉択と福報の正因】

もし人が猫像に奉納した後に福報を得たとするならば、その福を得た「正因(真の直接的な原因)」は、決して磁器像の神力などではなく、その人自身が過去または現在において造った「善業の種子」が、ちょうどこの時「現行(発現)」し成熟したからでございます。

『唯識開蒙問答』におきましても、天、人、神、鬼の受ける果報には皆その原因があると明言されております。財富を求めるなら、まさに布施を修めるべきであり、長寿を求めるなら、まさに慈悲を修めるべきでございます。もし吝嗇(けち)で貪り手放そうとしなければ、たとえ何千万の招福猫を奉納したところで、亀の毛や兎の角の如く、決して得ることはできません。


井伊家墓所と依他起性の無常壊相観(むじょうえそうかん)

【桜田門の変と阿頼耶識の捨受分(しゃじゅぶん)】

論じて申し上げます。豪徳寺の西北の隅には、井伊家の歴代藩主や一族の墓所がございます。幕末の大老・井伊直弼公は江戸城桜田門外にて暗殺され、首と胴が離れ離れになり、後に豪徳寺に葬られました。このような凄惨な死、業果の現れについて、法相宗の教義ではどのように抉択(解釈)すべきでしょうか。

お答えいたします。直弼公の暗殺は、因縁が極限で交錯したものでございます。あの刀剣が身に降りかかった刹那、唯識学の言葉で申せば、それは「触(そく)、作意(さい)、受、想、思」などの心所が激しく現行(発現)したということでございます。身識(身体の感覚)は無量の痛楚(苦しみ)を覚知し、意識は極大の怖畏(恐怖)を生じましたが、それらはすべて刹那に生じては滅するものでございます。その肉体(色身)が重傷を負い、もはや阿頼耶識の「所依の根」として機能できなくなった時、第八阿頼耶識は刹那の間にこの身体を「捨受(保持するのをやめること)」したのでございます。

『解深密経』には「阿陀那識(阿頼耶識)は甚だ深細にして、一切の種子は瀑流のごとし」と説かれています。直弼公の阿陀那識は、その一生で造作した善悪の業の種子を携え、瀑布(滝)のように遷り流れ、この残された軀(むくろ)を捨てて、次の期の異熟果(来世の果報)へと赴いたのでございます。桜田門外の雪地に残されたものは、ただ識の執受(保持)を失い、やがて腐敗してゆく四大色聚(物質の塊)にすぎません。豪徳寺の奥深くに葬られているのもまた、ただのこの四大色聚の残骸と骨灰にすぎないのでございます。ゆえに知るべきでございます。豪徳寺の古墓群は、決して死者の幽冥の世界などではなく、生者の意識の博物館なのでございます。


転識成智(てんしきじょうち)と密厳浄土の円成実観(えんじょうじつかん)

【八識を転じて四智と成す伽藍の大観と三身成就】

論じて申し上げます。これまでの文にて、世俗が実在すると思い込んでいる妄執をことごとく打ち破り、すべてを阿頼耶識の依他起性と遍計所執性に帰着させてまいりました。しかしながら、もし単に「一切は皆空である」という理解にとどまるならば、それは「比量(推論)」に堕ちており、真実の「現量(直接的な体験)」には契入しておりません。それゆえ本巻では、当然に「転識成智(識を転じて智と成す)」を明らかにし、豪徳寺の「円成実相(究極の真理)」に証入すべきでございます。

二取(能取と所取:認識する主体と客体)が皆空となり、虚妄の分別が息(や)んだ時、豪徳寺の真実の面目(姿)が初めて顕現いたします。この時、修行者の八識の心王は、直ちに四種の無漏(煩悩のない)の清浄なる智慧へと転化し、如来の「三身三土」を円満に成就するのでございます。『法鼓版成唯識論』および『唯識三十論要釈』に総括されている通りでございます。

一に、前五識を転じて成所作智(じょうしょさち)と為す(変化身と変化土を成就する)。修行者は豪徳寺内において、眼に招福猫を見、耳に読経の声を聞きましても、もはや貪求(貪り求めること)や嫌悪を生じません。未だ地(菩薩の階位)に登っていない有情の機根に応じて化して仏土と為し、何千万もの猫像を見ても、それはすなわち何千万もの化身の菩薩が、縁に随って示現しているのを見るのでございます。

二に、第六意識を転じて妙観察智(みょうかんざっち)と為す。もはや豪徳寺の歴史的な名相に妄執することなく、豪徳寺のあらゆる法の「自相」と「共相」をありのままに観察できるようになります。

三に、第七末那識を転じて平等性智(びょうどうしょうち)と為す(他受用身と他受用土を成就する)。「我執」を徹底的に断除いたします。寺に参拝に来る一切の衆生が、皆私と同じく如来蔵を具えており、平等であって二つはないと見なします。昔修めた利他の無漏の純浄なる仏土の因縁が成熟するにより、変じて浄土となるのでございます。

四に、第八阿頼耶識を転じて大円鏡智(だいえんきょうち)と為す(自性身、自受用身および自受用土を成就する)。これこそが最も究極の転依(てんえ)でございます。大いなる智慧が円(まど)かに明るく、世田谷と豪徳寺の森羅万象を映し出します。自性身土は、一切の如来が同じく証する所であるが故に、その本体には何の差別もございません。

【当座(ここ)がすなわち密厳仏土(みつごんぶつど)なり】

凡夫が有漏の阿頼耶識をもって見る豪徳寺は、木石や瓦礫、泥土でできた白猫であり、これを「穢土(えど)」と申します。菩薩が大円鏡智をもって見る豪徳寺は、その木石が皆七宝(しっぽう)と成り、三重塔はすなわち法界の大宝楼閣であり、福を招く猫はすなわち大いなる宝の華を降らす菩薩摩訶薩(ぼさつまかさつ)でございます。

豪徳寺は世田谷にあるのではなく、この清浄に転依(てんえ)した本来の心の中にあるのでございます。密厳の国土も他方にあるのではなく、まさに今ここの豪徳寺にあるのでございます。誠に蕅益(ぐやく)大師が『唯識三十論直解』において仰せられた通りでございます。「得る所の二果は、永く二障を離れ、即ち法身と名づく。所謂(いわゆる)清浄法界、四智菩提、五法を性となし、法・報・化の三身の体用の差別不同を具足す」と。


付録:注釈と参考文献

本論が世田谷豪徳寺の種々の境界と観察を抉択(けっちゃく:真偽を明らかにすること)いたしましたのは、決して憶測によるものではなく、ことごとく大乗法相唯識宗の根本となる経典・論書、および歴代の祖師大徳の疏釈(注釈書)を定まった尺度(定量)として依拠したものでございます。ここに本文が拠り所とした教証(経論の原文)を以下に列挙し、印証(証明)の資(たすけ)といたします。

一、器世間の変現と阿頼耶識の相分観

[1] 阿頼耶識が種子を含蔵し器界(器世間)を変現することについて:

出典:『解深密経』巻第一〈心意識相品第三〉。

原文:「爾時,世尊欲重宣此義,而說頌曰:阿陀那識甚深細,一切種子如瀑流,我於凡愚不開演,恐彼分別執為我。」(その時、世尊はこの義を重ねて宣べんとして、頌を説いて曰く。阿陀那識は甚だ深細にして、一切の種子は瀑流のごとし。我は凡愚において開演せず、彼らが分別して我と執することを恐れるが故なり。)

注釈:世田谷の土地や伽藍が、衆生の阿頼耶識(阿陀那識)の中にある共業(ぐうごう)の種子が変現した相分であることを証明しております。

[2] 境界が唯識の所現であること(唯識無境)について:

出典:『楞伽阿跋多羅宝経』巻第一〈一切仏語心品の一〉。

原文:「藏識海常住,境界風所動,種種諸識浪,騰躍而轉生。」(蔵識の海は常住なるも、境界の風に動かされて、種々の諸識の浪が、躍り上がりて転生す。)

注釈:豪徳寺の建築や景観が皆、衆生の業力(境界の風)が蔵識の海を吹き動かし、激しく波立たせた識の波であることを証明しております。

[3] 建築物の物理的な造作と依他起性について:

出典:『解深密経』巻第二〈一切法相品第四〉。

原文:「云何諸法依他起相?謂一切法緣生自性,則此有故彼有,此生故彼生,謂無明緣行,乃至招集純大苦蘊。」(いかなるかこれ諸法の依他起相なるや。謂わく、一切の法は縁より生ずる自性なり。すなわち此れ有るが故に彼れ有り、此れ生ずるが故に彼れ生ず。謂わく無明は行を縁とし、乃至、純大の苦蘊を招集す。)

注釈:木や石、職人たちの造作が、皆四縁が和合した「依他起性」に属し、独立した実体がないことを証明しております。

[4] 四大(地水火風)と極微に実体がないことについて:

出典:『大乗密厳経』巻中〈阿頼耶微密品第八〉および巻上〈密厳道場品第一〉。

原文:「如來清淨藏,世間阿賴耶,乃至一切法,皆由自心現。」(如来の清浄蔵、世間の阿頼耶、乃至一切の法は、皆な自心より現ず。)また云く「分析至微塵,求覺無所有。」(微塵に至るまで分析し、覚(実体)を求むるも所有無し。)

注釈:豪徳寺の広大な空間や建築の微小な塵も、客観的な実体はなく、ただ心識が現したものであることを証明しております。

[5] 空間(方)と物質(色)の唯識相について:

出典:玄奘大師揉訳『成唯識論』巻第一、および『真唯識量』。

原文:「由此應知,定無實色,唯有識心,變現似色、似空、似方。」(此れに由りて応(まさ)に知るべし。定んで実の色は無く、唯だ識心のみ有りて、色に似て、空に似て、方に似て変現す。)

注釈:豪徳寺が占める数万坪の「空間の広狭」が、不相応行法であり、ただ識心が変現した「方に似たるもの、空に似たるもの」にすぎないことを証明しております。


二、井伊雷雨の縁起と種子現行因果観

[6] 雷雨を「自然の神力」とする外道の妄執を打ち破ることについて:

出典:『大乗密厳経』巻上〈密厳道場品第一〉。

原文:「如霹靂火,為從水生,為從電生,為雷生耶?無能定知此所從生。」(霹靂の火のごとし。水より生ずるとなすや、電より生ずるとなすや、雷より生ずるとなすや。此の従りて生ずる所を定めて知る能わず。)

注釈:直孝公が遭遇した雷雨が、大自然や龍神の天怒が作り出したものではなく、阿頼耶識の中の四大の種子が縁に触れて現行したものであることを証明しております。

[7] 白猫の手招きと雨避けの「業感縁起(ごうかんえんぎ)」について:

出典:窺基大師『成唯識論述記』の四縁の義を釈する箇所、および『解深密経』。

原文:「一切法緣生自性,則此有故彼有,此生故彼生。」(一切の法は縁より生ずる自性なり。すなわち此れ有るが故に彼れ有り、此れ生ずるが故に彼れ生ず。)

注釈:白猫が前足を挙げたことが直孝公が雷撃を免れるための「増上縁」であり、両者が蔵識の海の中で交わり、互いに因果となっていることを証明しております。

[8] 寺を建てる善行と種子・現行の熏生(くんしょう)関係について:

出典:玄奘大師揉訳『成唯識論』巻第二。

原文:「如炷生焰,焰生焦炷,同時同處,不相離也。」(灯心(芯)が炎を生じ、炎が灯心を焦がすように、同じ時、同じ場所にあり、互いに離れることはない。)また「秤兩頭,低昂時等」(秤の両端が、一方が下がれば一方が上がるのと同時に等しい)のごとし。

注釈:直孝公が寺を建立した現行の善業が、蔵識の中の種子と刹那に互いに熏習(くんじゅう)し合い、豪徳寺の中興を成就させたことを証明しております。


三、招福猫文化と遍計所執相の抉択分

[9] 招福猫に神力を付与する「遍計所執性(へんげしょしゅうしょう)」について:

出典:『解深密経』巻第二〈一切法相品第四〉。

原文:「云何諸法遍計所執相?謂一切法名假安立自性差別,乃至為令隨起言說。」(いかなるかこれ諸法の遍計所執相なるや。謂わく、一切の法を名(言葉)によって仮に安立した自性の差別であり、乃至(ないし)言説(言葉)を随って起こさしむるためである。)

注釈:世の人々が磁器と土が和合した猫像の上に、「福を賜る、財を招く」という実在の自性を妄りに加えることが、遍計の妄想に属することを証明しております。

[10] 猫の爪が財を招くという妄執の譬えについて:

出典:『大乗密厳経』巻上〈密厳道場品第一〉。

原文:「世間妄分別,見牛等有角,不了角非有,因言兔角無。分析至微塵,求角無所有。」(世間は妄りに分別し、牛などを見て角が有るとし、角が非有であることを了知せずして、因って兎の角は無いと言う。微塵に至るまで分析し、角(実体)を求むるも所有無し。)

注釈:世俗が白猫の手を挙げる動作を招財と連想するのは、角のない牛を見て角があると妄りに計るようなものであり、すべては妄分別であることを証明しております。

[11] 菩薩が世俗に随順し、妄執を転じて摂受となすことについて:

出典:『大乗入楞伽経』(唐の実叉難陀訳本)巻第三。

原文:「大慧!諸佛說法,為淨惑智二種障故,次第令住一百八句無相法中,而善分別諸乘地相,猶如商主,善導眾人。」(大慧よ!諸仏の説法は、惑(煩悩)と智の二種の障りを清めるためであり、次第に百八句の無相の法の中に住せしめ、しかも善く諸乗の地の相を分別すること、あたかも商主(隊商のリーダー)が善く人々を導くが如し。)

注釈:大乗の修行者が仮の名前(仮名)を廃することなく、猫像が手を挙げる姿を菩薩の「同事摂」と見なし、欲を以って牽き入れ、仏の智慧に導き入れることを証明しております。


四、井伊家墓所と依他起性の無常壊相観

[12] 歴史の伝承や一族の栄光の無常と空性について:

出典:『楞伽阿跋多羅宝経』巻第四〈一切仏語心品の四〉。

原文:「一切法者,謂善、不善、無記,有為、無為……一切諸法悉皆無常。」(一切の法とは、謂わく善、不善、無記、有為、無為... 一切の諸法は悉く皆な無常なり。)また云く「剎那息煩亂,寂靜離所作,一切法不生,我說剎那義。」(刹那に煩乱を息(や)め、寂静にして所作を離る。一切の法は不生なり、我は刹那の義を説く。)

注釈:井伊家の歴代藩主の生滅が、それぞれ各自の第八識の異熟果が起きたり滅したりすることであり、本来恒常な歴史的実体などないことを証明しております。

[13] 暗殺による死と阿頼耶識が色身(肉体)を捨離(捨受)することについて:

出典:『解深密経』巻第一〈心意識相品第三〉。

原文:「阿陀那識甚深細,一切種子如瀑流。」(阿陀那識は甚だ深細にして、一切の種子は瀑流のごとし。)

注釈:井伊直弼公が暗殺された刹那、阿陀那識(蔵識)が敗壊した色身という器を離れ捨て、業力の種子が瀑布(滝)のように次の期の果報へと赴いたことを証明しております。

[14] 古い墓での無常を観ずる現量観行について:

出典:『解深密経』巻第五〈如来成所作事品第八〉。

原文:「現見所得相者,謂一切行皆無常性,一切行皆是苦性,一切法皆無我性,此為世間現量所得。」(現に見る所得の相とは、謂わく一切の行は皆な無常性であり、一切の行は皆な苦性であり、一切の法は皆な無我性であること、これ世間の現量の所得なり。)

注釈:修行者が古墓の群れの中で、まさに諸行無常の観法を修め、第七末那識の我見、我執を断ち切るべきであることを証明しております。


五、転識得智と密厳浄土の円成実観

[15] 深密瑜伽の内観方法(能所二取を離れること)について:

出典:『解深密経』巻第三〈分別瑜伽品第六〉および『大乗密厳経』巻中〈妙身生品第二の余〉。

原文:『解深密経』に云く「若諸菩薩緣心為境,內思惟心……於如所思所有諸法內三摩地所緣影像作意思惟。」(もし諸の菩薩、心を縁じて境(対象)と為し、内に心を思惟せば... 乃至、思わしむる所の如く、あらゆる諸法、内の三摩地の所縁の影像において、作意して思惟す。)『密厳経』に云く「內外一切物,所見唯自心。眾生心二性,能取及所取。心體有二門,即心見眾物。」(内外の一切の物、見る所はただ自らの心のみなり。衆生の心には二つの性があり、能取および所取なり。心の体には二門があり、すなわち心と種々の物を見るなり。)

注釈:修行者が豪徳寺の中において、鐘の音も秋の楓もすべて自心の相分であると観じ、「参拝する私(能)」と「参拝される寺(所)」を離れるべきであることを証明しております。

[16] 八識を転じて四智を成し、密厳浄土を顕現させることについて:

出典:『大乗密厳経』巻中〈妙身生品第二の余〉。

原文:「密嚴佛土,是最寂靜,是大涅槃,是妙解脫,是淨法界,亦是智慧及以神通諸觀行者所止之處,本來常住,不壞不滅。」(密厳の仏土は、是れ最寂静であり、是れ大涅槃であり、是れ妙解脱であり、是れ浄法界であり、また是れ智慧および神通の諸々の観行者の止まる所の処にして、本来常住であり、不壊不滅なり。)

注釈:修行者がもし大円鏡智を成就するならば、見るところの豪徳寺がただちに不生不滅であり、七宝で荘厳された密厳の仏土となることを証明しております。

[17] 四智菩提と三身の体・用について:

出典:明代・蕅益智旭(ぐやくちきょく)大師『唯識三十論直解』および『成唯識論観心法要』。

原文:「所得二果,永離二障,即名法身。所謂清淨法界四智菩提,五法為性,具足法、報、化三身體用差別不同。」(得る所の二果は、永く二障を離れ、即ち法身と名づく。所謂(いわゆる)清浄法界、四智菩提、五法を性となし、法・報・化の三身の体用の差別不同を具足す。)

注釈:二つの執着(二執)を破除した後、八識が転じて四智となり、この世田谷の伽藍の中において、たちまち諸仏の自性身、受用身、変化身が現れることを証明しております。